学習(Learning)

      2016/03/29

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学習とは限界を突破すること。
限界とは自分で想像も認識もできない境界で異次元。
メンターに巻き込まれ、わからないままにひたすら続けること。

自分が認識できない自分に欠落していることについて
「教えてください」と支援を求めるのが学習の始まりです。

とても不思議ですね。
教わる方はなにが欠けているのかわからないのに、
「教えてください」とお願いするのだから、摩訶不思議です。

学校は「欠けているに違いない」という前提で、
生徒を受け入れて、メンターが巻き込んでいく仕組みです。
ひとりひとりに欠落していることがわからないまま、
テストによって一応認識することになっていますが、
このシステムの現実は怪しい。

「こんなこと自分にできるはずがない」と限界を見つけて、
その突破方法を教えてくださいというのが、学習の始まりです。

もともと限界を作っているのは自分なので、
自分しかわからないのも本当なのです。
それをテストで見つけようというのですから
サービスが行き届いているとも言えます。

しかし「こんなこと自分にできるはずがない」と言う人に限って、
「いいや、あなたならできますよ」と言うと
「お前に分かるはずがない。自分のことは自分が一番分かっている」と来るので、始まりません。

このやりとりの先に、「いいや、あなたならできますよ」が
優位に立った段階で、学習は始まります。

だから実際に受講したいと自ら申し出たにもかかわらず、
そこで指摘したことについて、
「こんなこと自分にできるはずがない」が延々と続きます。

「だったらなぜ、自分から申し込んだんだ」と
首をかしげたくなりますが、
その段階では、欠落をうすうす感じているものの、
限界を突破しようとまで思っていないのです。

限界とは自分が作り出したものですが、
始末に悪いのは「できない」という「うぬぼれ」があることです。

「こんなこと自分にできるはずがない」は謙虚さのように錯覚しますが、
教える側の「いいや、あなたならできますよ」という意見より、
自分の方が正しいと主張するわけですから、「うぬぼれ」ているのです。

「うぬぼれ」は漢字で書くと「自惚れ」です。
その字のとおり、自分が好きなので、変わりたくないのです。
限界突破などしたくないのです。
自分が作り出した「限界」に安住したいのです。

居心地がいいけど欠落がある気がしている。
でもこの居心地の良さは譲れないというのが、大半の人の態度です。

学習は、「自惚れ」を捨てた人にだけ起こります。

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