水木しげるの幸せの七ヶ条

      2017/02/03

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水木しげるさんの幸せの7カ条を読んでいるととっても幸福な気分になります。
毎日読んでいます。

人の幸福はさまざま。

誰にも共通した幸福となると食べ物があって、おうちがあって、家族に囲まれて。。。
みたいな感じになりますが、実際には個人の違いがありすぎて。。。

特に現在の日本のように恵まれた状態になると個人の価値観が違いすぎて一筋縄ではいきません。
一般的なイメージは大家族時代のものが残っていて微妙にチクハグ。
そこからはみ出て、しかも自身の価値観を具体的に描けない人は悩みが尽きない。

水木さんに言わせると、好きなことがわからない「無能」の人のジャンルに入ってしまうのではないでしょうか?

水木しげるさんの「幸せ」は、とっても現実的です。
その最大の特徴は小さい時から、なにをしても失敗の連続、さらに戦争で体験した不条理、無常観に裏付けされていることです。

早起きが苦手。どんなに遅れても朝ご飯は食べる。学校の授業は二時間目から。
成績は悪く、中学に進むこともできず。就職すればすぐにクビになる。
好きな絵を描くために美大に入学したいが学歴がないので、受験資格がない。
高校受験を試みるが50人枠で51人受けて一人落ちてしまう。
こんなマイペースな少年が軍国主義に馴染めるわけもない。

毎日殴られラッパ兵になるが、ラッパが吹けない。転属を願い出ると生きて還れないラバウル。
玉砕命令が出て生きて残ったら国賊扱い。「死んで来いと」と決死隊として出動すれば奇跡的に生還して「なぜ、死ななかった!」と叱られなじられる。

敵の空襲で爆撃され、オウムを眺めていたおかげで、運良く一人生き残るが片腕を失い、マラリアにかかると熱に冒され、いよいよ絶望かと思ったら、原住民に救われて、このままここで暮らせと誘われて、その気になって除隊を申し出るが、一旦国に帰れと促され、帰国。

帰国すると就職して、怪しくても念願の美大通い、それも束の間会社は倒産。

生活のため魚屋、輪タク、職を転々。
紙芝居作家、借金してアパート経営で暮らして行けるメドがたったと思ったら、紙芝居は廃れ、アパート経営もままならず、貸本作家になる。

そんななか結婚するが、書いても書いても金はもらえず出版社は続々倒産。
くさったバナナを夫婦で分け合う暮らし。
生きるために漫画家になるが、書いても売れず、それでも片腕一本で書き続け、週刊マンガ雑誌の到来で、ようやく報われる。

こんな水木しげるさんの幸せの七ヶ条とは。

 

●第一条「成功や栄誉や勝ち負けを目的に、ことを行ってはならない。」

成功は時の運、成功しないからといって気にすることはない。
成功よりも大事なのは楽しむこと。楽しめことに熱中しようが水木流。

没頭してたら、結果に関係なく、すでに幸せだということ。
仕事でも趣味でも恋愛でも、没頭こそが醍醐味ですよね。

では、没頭とは「どんなものなのでしょう?」

●第二条「しないでいられないことをし続けなさい。」

成功しなくても楽しめることを見つけるのは簡単。
「しないではいられないこと」に打ち込みなさいと水木さん。

何か好奇心がわき起こったら、そのことに熱中してみる
そうすれば、「しないではいられないこと」が見つかる。

それでも見つからないなら、子どもの頃に戻ってみるといい。
子どもの頃は、誰もが好きなことに没頭して生きていたはず。
その頃の気持ちを取り戻しましょう。

●第三条「他人との比較ではない、あくまで自分の楽しさを追及すべし。」

自分の好きなことに専念するためなら、世間の常識なんて捨ててしまおう
奇人変人になってもいい。
むしろ、奇人変人になるべきだ。(大いに自信あります 笑)と推奨されています。

その証拠に、世界の奇人変人には幸せそうな人が多いではないか。
仮に不幸なことが起こっていても、本人は幸せそう。
だれが何といおうとわがままに自分の幸福を追求する。
それこそ本当に幸せになれる方法だと。。。

水木さんは言います。
学校から追い出され、会社勤めがうまくいかず、兵隊になっては死を覚悟するしかないようなラバウルに送られた。
バカにされ、殴られ、片腕を失い、それでも平気でいられたのは、楽しむ術を知っていたからだと。

●第四条「好きの力を信じる。」

水木さんは60年も漫画を描き続けましたが、売れなくて貧乏だった頃は、夢中で描いていた。

その後ろ姿を思い出して夫人はいまも、「命がけで生きていた」と言います。
その姿に「この人ならついていって大丈夫だと確信したと言います。

夫人がいう「命がけで生きていた」というのは「好きのパワーが限界に達していた」ということだと思います。

好きの力が弱ければ「命がけで生きていた」という表現に届かないと思います。

水木さんは、こう言ってます。

同業者の家に行くと、本なんか一冊もない人たちも少なくありませんでした。
面白おかしく、楽しみながら好きな漫画を描いて、楽しく暮らしたいという人たちです。
そういう人たちは、ほとんどが消えてしまいました。
多分、好きのパワーが弱かったのでしょう。

水木さんは、どうかというと、原稿料の大半は、漫画の筋を考えるのに役立ちそうな本や、
妖怪の作画のための資料を買い込むためのに使っていました。
そのために食べ物を買うお金も十分残らなかったといいます。
それだけ「好き」の力が強かったのです。

同じ好きでも、好きのレベルが違うのです。
でも、「しないでいられないことをし続けなさい。」や「好きの力を信じる。」という言葉だけでは誤解されそうですよね。
好きは好きでも他のことは全部捨てるぐらいの好きでないと通用しないということです。

 

●第五条「才能と収入は別、努力は人を裏切ると心得よ。」

この意見はとても奥が深いので誤解しないようにしていただきたい。

努力したって成功する保証はない。むしろ失敗する可能性のほうが断然高い。

では努力はどうなるのか?
本当に自分が「しないではいられないこと」を発見して突撃するように夢中で努力するなら、
結果よりもまずプロセスそのものが喜びに満ちている。もはや結果なんか関係ないのです。

ところがしたくないことをしていると結果ばかりが気になって続かない。

水木さんは、生きたくても死んでいった人をたくさん見てきた。
「努力は人を裏切る」という無常観はどうにもならない運命を受け入れて生きる覚悟が必要だと言ってるのであって、
その一方で説明のつかない幸運に恵まれることも戦場での実体験で味わっていらっしゃいます。

その幸運、不運を分けていることに「想いの強さ」があるようです。
「気」ですね。
「気の強さ」が背後霊、守護霊まで引き寄せ、さらに先祖とつながって努力に神がかり的な突撃力が生まれる。
そういう感じになれば裏切るどころか、強い味方になってくれる。

つまり自分次第だと仰ってるのです。

 

●第六条「怠け者になりなさい。」

この意見もとても奥が深いので誤解しないようにしていただきたい。

ラバウルの土人の怠けているように見える暮らし方は、熱いその地にあって極めて合理的だと語る水木さん。
頑張れば死んでしまうことを知っているので頑張らないのだと仰います。

努力してもなかなか報われるものじゃないから、たまには怠けないとやっていられない。
若い頃は必死の努力も必要だが、中年を過ぎたら怠けることを覚えたほうがいいと仰います。
特に睡眠は重要で健康管理が大事だと解釈すればいいでしょう。

つまり14時間働いて、10時間眠ればいい。余裕ができてからは時間の使い方も変わったと思いますが。

●第七条「目に見えない世界を信じる。」

「目に見えない世界を信じなさい」と、水木さんは「あの世」を大切にしています。
この世には物質的な豊かさではとらえきれないものがあり、それがひとの心を豊かにしてくれると仰います。

目に見えないものを信じるのは勇気がいります。
その裏づけに全知全能が必要になる。もし自分を俯瞰する力がなければ狂人でしかない場合もあります。
たとえ周囲から、バカ、狂人と言われれも、どこ吹く風として対応するには、確固たる自分への信頼がなければならい。

多くの人は、そこまで自分を信頼できない。

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水木さんは、戦地で片腕を失い、荒廃した日本に帰ってきます。

そこで生計を立てることを余儀なくされ、唯一の才能である漫画家を仕事にします。

類い稀な才能を必要とする職業です。生きるために紙芝居の作家から始め一心不乱の状態で突き進みます。
それができたのは、好きだからです。
選択肢がなかったのは、小さい時からなにをやってもダメだったからです。

自分にはこれしかない。この好きな道を極めるしか、自分にはないと決断されたのでしょう。

生前、水木さんのところには漫画家志望の若者がやってきて「やっていけるでしょうか?」と相談していかれたそうですが、
水木さんは「この時点で、もうダメだ」と仰っています。

成功するまでやり続ける覚悟がなくてうまくいくはずがないという判断でしょう。

ほとんどの人は「自分の好きなことをして食っていけるか?」と心配した結果、無難な道を選択します。

しかし水木さんは戦地で生きたいと願いながら死んでいった人をたくさん見てきています。
どんなに生きようとしても叶わなかった無念をすぐそばで見てきました。

この現実の非情さを鑑みれば、生きてるだけで幸せでないかという想いがあり、
生きていること、好きなことに命を使うのが、人の道ではないのかという想いがあったと思います。

だから努力できない人は努力しなくてもいいのではないのか、
努力できる人は努力すればいい。成功するまで努力をしたらいい。
それができる人は1%しかいないとも言います。
1%になるには努力というレベルでは無理です。命がけです。命と引き換えにするというレベルです。

その上で、みんな自分らしく生きたらいいと言ってるのです。

努力できない人が無理に努力して生きて幸福であるはずもないだろう。
逆も同じです。

自分に逆らって生きる必要はないのです。
だから人生をいじくり回すなと語っているのです。

実際、世の中には、幸せが嫌いな人がいます。
不幸に馴染んでしまって、幸せだと気分が悪いというのです。

人間は特別な存在ではない。虫や犬、猫より偉いと思うのが妄想なのです。

与えられた命を大切にするとは、あるがままの自分を受け入れて生きることです。
それをしないばかりに、馬鹿げたことの頂点として<戦争>を引き起こしているのではないでしょうか?
政治家も人間です。すぐそこにいる人と本質的には同じです。

誠実、率直、対等、自己責任のルールを守らなければ、かならず誰かが傷つきます。
水木さんは、戦争当時の日本人を見ていて、人間の怖さ、愚かさを嫌というほど感じてきたのだと思います。

その反動で、貧乏でも自由に暮らせる幸福を噛み締めて、好きなことに命をかけて、やり続けたのだと思います。

いまの日本では、敗戦当時の日本とは比較にならない幸福に満ちています。
これ以上、なにを望むのか?本気になれない環境に身を置いている人が、なにを望むのか?

本気になれることを選択して、やり続けるのが幸せではないのか。
実にリアルで矛盾のない幸福論だと思います。

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