禁止令が「ヘミングウェイ自殺」に追い込んだノーベル賞作家の愛と闇

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ラブ・アンド・ウォー 

今回の「ないしょシネマ」は、ノーベル賞作家、アーネスト・ヘミングウェイの恋物語を描いた「ラブ・アンド・ウォー [DVD] 」
第一次世界大戦のイタリアを舞台にしたアメリカ兵(ヘミングウェイ)と赤十字の看護師(アグネス・フォン・クロウスキー)の実話をベースしたラブロマンス。



アーネスト・
ヘミングウェイの友人ヘンリー・S・ヴィラードの証言に基づいて、ジェームズ・ネイグルという人が書いた『ラブ・アンド・ウォー 第一次大戦のヘミングウェイ』が原作。

映画は18歳のヘミングウェイと7歳年上の看護師アグネスの恋ですが、アグネスの方はのヘミングウェイほどの情熱をもっていなかったという話。「年上の悪い女にだまされたキッド(坊や)が男へと成長していく物語」になっています。

ヘミングウェイ作品には「パパのコード」とも呼ばれる特有の男性目線があることは有名です。
この映画及び原作は、その「確信犯」的なヘミングウェイの作風の上塗りするような作品だと、日本でもかなり物議を醸しています。

監督はリチャード・アッテンボロー。「ガンジー」でアカデミー作品賞と監督賞を受賞しています。
1998年には高松宮殿下記念世界文化賞を受賞。俳優としても有名で「大脱走」では脱走の指揮官を演じていました。

この実際にあったラブロマンスをヒントにして自身で書き上げたのが、アーネスト・ヘミングウェイのデビュー作「武器よさらば (新潮文庫)」です。有名ですね。

但し、「ラブ・アンド・ウォー [DVD] 」が、少し実際と違うのは友人ヘンリー・S・ヴィラードの証言がアーネスト・ヘミングウェイから聞いた話だった可能性が高いようです。
実際、映画は事実だと言わんばかりに出来上がっています。
何の知識も持たずに見ると真実と思い込む危険があります。

「ラブ・アンド・ウォー」 のお話はヘミングウェイ自身も書いていて「ごく短い物語」として出版されています。

これはアーネスト・ヘミングウェイにも、アグネス・フォン・クロウスキーにも事実の一部でしかありません。

遺作に見るヘミングウェイの本質

ガーデン・オブ・エデン~失楽園の3人~ [DVD]

1946年から6年半書き続けた『エデンの園』未完の書を映画化したもの。
1986年に死後出版され、ヘミングウェイファンにショックを与えた文体になっています。

米国人作家デビッドはパリで出会った富豪の娘キャサリンと恋に落ちてすぐに結婚。ヒモのような豪奢な生活をしているが、自由奔放なキャサリンは、偶然知り合った女性マリータを旅に同行させる。キャサリンはマリータと同性愛の関係になる一方、デビッドがマリータを抱くことも許す。一人の男を巡る2人の女の自堕落な関係を描いた作品。

彼が規範として大切にしてきた「男性性」からはずれた作品。おそらくここにヘミン グウェイの本当の姿があるとみられています。

そこには、アグネスとの破局による痛手を慰めるために、最初の結婚をしたヘミングウェイの弱さが垣間見えます。

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生涯、愛を求めて、得られなかったヘミングウェイ

アーネスト・ヘミングウェイは7歳年上のアグネスと別れた後、やはり7歳年上の女性と結婚したのを皮切りに4度結婚、三度離婚をしています。

では、なぜ、「ラブ・アンド・ウォー [DVD] 」のアグネスと別れたのでしょう。二人は相思相愛でした。

7歳年上であることにアグネスは悩みましが、彼女自身はクリアしたようです。

しかし結婚に踏み切らなかったのは映画と違い、ヘミングウェイの方だったようです。
その事実が判明したのは比較的最近で、映画公開時には、アグネスが拒絶したという見方が一般的でした。
そのため「年上の悪い女にだまされたキッド(坊や)が男へと成長していく物語」のように見えます。

アーネスト・ヘミングウェイを「アーニー」と呼んだアグネス

では、なぜヘミングウェイは、愛するアグネスの気持ちに沿わなかったのでしょう?
おそらくアグネスにとっても永遠の謎だったのではないでしょうか?

実は夫の死後70歳近いアグネスは、ヘミングウェイが住んでいる地域の図書館で働いています。
そこで同僚に「アーニーは元気?」と聞いています。

「アーニー」とは、アーネスト・ヘミングウェイのニックネームですが、若い時に使われていたもので、当時のヘミングウェイを「アーニー」と呼ぶ者は誰もいませんでした。
二人は再会することはありませんでしたが、そのことを伝え聞いたヘミングウェイはしばらくして自殺しているのです。

アグネスを疲労させた理由に、ヘミングウェイ自身もわからなかった「禁止令」があったようです。

アルコールの罠に堕ちたヘミングウェイ

アーネスト・ヘミングウェイ

禁止令は、親(養育者)から子どもに伝達される「・・・するな」というメッセージ。

闘牛とボクシングが好き。釣りと狩猟が好きで、そして何より、酒が大好き。
体は人並み優れて大きく逞しく、酒をめぐる逸話は数え切れない。
作品のシンプルな文体とも相まって、男性的な作家として有名なアーネスト・ヘミングウェイ。(1899-1961)

1954年にノーベル文学賞を受賞、アメリカ文学の古典として揺るがぬポジションを確立、
「パパ」の異名で知られるアーネスト・ヘミングウェイ
彼もまた「禁止令」に悩み、自殺で人生の幕を下ろした著名な作家であったことは、その名前ほど知られていません。

ヘミングウェイは、禁止令によってアルコールの罠に堕ちました。

また4度の結婚と三度の離婚(四度目は自殺したため離婚に至っていません)に見られる愛情関係の挫折。
さらに自殺者が絶えない家系には「依存」の深い闇が潜んでいたようです。

禁止令の事例

禁止令

(1)「実行するな」
(2)「お前であるな」
(3)「子どもであるな」
(4)「自立するな」
(5)「感じるな」
(6)「考えるな」
(7)「近づくな」
(8)「成功するな」
(9)「自分のことで欲しがるな」
(10)「健康でいるな」 
(11)「重要な人になるな」
(12)「所属するな」
(13)「存在するな」

禁止令がアルコール依存症に追い込む

女装させられたヘミングウェイ

(女装させられたヘミングウェイ)

 

ヘミングウェイが愛飲したダイキリはラム酒をダブルにしライムの果汁の代わりにグレープフルーツ・ジュースを入れて砂糖を抜き、氷を加えてミキサーしたフローズンタイプのカクテル。ハバナでは「パパ・ヘミングウェイ」の名がついています。

アメリカを超えて世界中の人々のライフスタイルに影響を与えた文豪アーネスト・ヘミングウェイ。
そのシンプルでハードボイルドな文体の裏に隠れた死の影。

その影はどこから忍んできたのか、その悲劇を辿ってみます。

ここに注目

母親が送った銃で自殺した父親

1928年12月6日。

アーネスト・ヘミングウェイの父。

クラレンス・エドモンズ・ヘミングウェイは闘病と生活苦の末、妻(母)から送られてきた父親のリボルバーで命を絶ちます。

アーネストはショックを受け、母グレイス・ホールへの憎しみを強めたと言われています。

グレイス・ホールは裕福な家の出身で女の子を欲しがっていました。
結局、長男であるアーネスト・ヘミングウェイに4歳まで姉と同じ服装で女の子の格好をさせたといいます。
さらにさらにヘミングウエイを女の子の名前(エルネスティーン)で呼んだそうです。

そのために母親は姉のマーセリンを1年余計に幼稚園に通わせています。「双子の姉妹」という虚構にご満悦だったようです。

いまでいう「毒親」です・・・悲劇の連鎖のはじまりは母グレイス・ホールよってもたらされたといっても過言ではないと思います。
彼女もまた被害者だった可能性が高いのです。

銃弾が飛び交う中でも平気だったヘミングウェイ


(6歳のアーネスト・ヘミングウェイ)

文豪アーネスト・ヘミングウェイは1961年7月2日、アイダホ州ケッチャムの自宅で猟銃自殺しました。
生前、躁鬱病の治療でメイヨウ・クリニックに入院し、電気ショック療法を受けましたが、うつ状態から回復できず、死に至ります。
そういうとなんだかすんなり収まってしまうようですが、現実はもっと複雑だったようです。

冒険家とも形容されるヘミングウェイの病気、怪我は分かっているだけでこんなにもあります。

マラリア、炭疽病、肺炎、赤痢、皮膚ガン、肝炎、貧血症、糖尿病、高血圧症、躁鬱病、2回の飛行機事故、腎臓破裂、脾臓破裂、肝臓破裂、脊椎骨折、頭骨骨折

戦地では銃弾が飛び交う場所でも、みんなが逃げ出しても、平気で食事していたそうです。

それは勇気だったのでしょうか?

家族5人が自殺。「存在するな」という禁止令が働いていた可能性

女装させられたヘミングウェイ

(女装させられたヘミングウェイ)

 

さらに妹アーシュラ・ヘミングウェー(六人兄弟の三番目、アーネストは二番目)も1966年の8月30日、癌とうつ病を苦に、薬物の過剰摂取により自殺します。

姉のマーセリンも自殺説があります。

弟のレスター・ヘミングウェイは、アーネストと同じく作家になり、『トランペットの音』など6冊の本を書きました。

1961年に出した『ぼくの兄、アーネスト・ヘミングウェイ』がベストセラーになりました。

その金でカリブ海に人口島をつくりニューアトランティスという独立国家をつくります。
ニューアトランティスの大統領になりましたが、数年後、島はハリケーンによって崩壊。
父クラレンスと同じく糖尿病に苦しみ、1982年に22口径の拳銃で自殺します。

ヘミングウェイを含め、6人兄弟の中、4人が自殺したのです。父と併せて5人です。

「存在するな」そしてもうひとつ「「お前であるな」という禁止令があったと想像します。

 

三男 グレゴリー・ヘミングウェイの悲劇「獄中死」

(アーネストとグレゴリー)

ちなみに、父クラレンスの自殺後、1931年に2番目の妻ポーリン・ファイファーとの間に生まれた息子(三男)のグレゴリー・ヘミングウェイは医師でしたが終生、性別違和症候群に悩み、性転換手術を受け、その後は「グロリア」を名乗ったといいます。

男性として5回も結婚~離婚を繰り返し8人も子供を設けましたが、アルコール中毒に苦しみ、放浪を繰り返しました。

フロリダ州マイアミを裸で徘徊し公然わいせつなどの疑いで2001年9月末に逮捕され翌10月、拘置所の女子房内で獄死。69歳の病死でした。

ワシントンポストのインタビューで父ヘミングウィーへの憎しみをあからさまに語っていたといいます。
「愛情あふれ、威圧的で、善意のつもりの父親のもとでは子どもがダメになる」と父ヘミングウェイを嫌悪していました。
グレゴリーはアンビバレントな言動についていけなかったことを言ったのだと思います。

ここに注目

それこそアーネスト・ヘミングウェイが父母から学んだことで、反抗期のヘミングウェイが何度も家出を繰り返して、イタリアへボランティアで戦線に参加したことからも読み取れます。

狂気に自ら接近したヘミングウェイ

戦争への接近は、 戦争の実体を知らない若い世代に吹き込まれた理想主義という狂気 、すなわちドイツ皇帝を絞首刑にして、世界に平和をもたらすという目的がありました。
ヘミングウェイにはこれ以上ないタイミングで訪れた死臭でした。

そこで迫撃砲弾に よる全身227カ所に及ぶ 負傷を負い、手術の回数は10回を超えたと言われています。

看護師アグネスとの恋

そこで「武器よさらば」のモデルとなった看護師アグネスに出会い恋に陥ちます。

ヘミングウェイは18歳でイタリアの戦線に赴きます。
全身を負傷し赤十字病院に入院。そこでアグネスという7歳年上のアメリカ女性(看護師)と恋に陥ちます。

イタリアとアメリカを結ぶ遠距離恋愛になりますが、実りませんでした。
この恋物語が後に映画化されます。

ラブ・アンド・ウォー [DVD]

サンドラ・ブロックの抑えた演技が7歳年上のアグネスをみごとに表現しています。

この映画では、アグネスがヘミングウェイの元から去ったように描かれていますが、事実は逆であったようです。
原作はヘミングウェイの友人だったようです。

ここに注目
イタリアとアメリカの遠距離恋愛になってしまったアグネスとヘミングウェイ。
二人は文通を通して関係を維持しますが、退役後ヘミングウェイは友人のお金で一緒に旅行に出かけます。
アグネスは、働かないヘミングウェイに苛立ちを覚えます。
やがてアメリカに帰国しますが、それでも働かず、毎日ブラブラして過ごします。

アグネスはヘミングウェーより7歳年上、はっきりしないヘミングウェイとの別れを決意。他の男性との結婚を選択します。
二人は結婚を望んでいましたが、アグネスはヘミングウェイを見切ります。

この恋もアンビバレンスな恋です。
アンビバレンスとは、同一の対象に対して、愛と憎しみのように相反する感情を同時に持つこと。両面価値ともいいます。

ヘミングウェイは、アグネスの気持ちがわかっていたはずですが、自ら避けたとしか言いようのない行動でした。
その後、結婚したアグネスに恋する気持ちを伝えますが、アグネスには夫がいました。

アグネスの影を慕った結婚と反抗

エリザベスとヘミングウェイ

アグネスと同じく7歳年上のエリザベス・ハドリー・リチャードソンと結婚。長男ジャックが生まれています。

エリザベスはヘミングウェイの父クラレンスが自殺する以前からヘミングウェイに自殺衝動があったことを告白してします。

(エリザベスとの間に誕生した長男ジャック)

(エリザベスとの間に誕生した長男ジャック)

ここに注目

2番目の妻と結婚することで改宗しているのも、父親への反逆だったように思います。
その反抗は独立宣言であり、生きていくために精一杯のあがきだったような気がします。

2番目の妻ポーリン・ファイファー、

1928年6月。帝王切開の末、次男パトリックが誕生。8月「武器よさらば」完成。

同年、1928年12月6日。

先述したように、父クラレンス・エドモンズ・ヘミングウェイは闘病と生活苦の末、父親(祖父)のリボルバーで命を絶ちます。
アーネストは特に青年期から両親と折り合いが悪かったのですが、父の自殺によってますます母グレイス・ホールを憎んでいたと言われています。銃を送ってきたのは母グレイス・ホールだったからです。

グレゴリー

(ヘミングウェイとグレゴリー)

父クラレンスの自殺後、1931年に2番目の妻ポーリン・ファイファーとの間に生まれた息子(三男)のグレゴリーが誕生。
前述したように、グレゴリーは、終生、性別違和症候群に悩み、性転換手術を受け、その後は「グロリア」を名乗りましたが、悲惨な最期で人生を終えます。

3度目の妻マ-サ・ゲルホ-ン

その後、ヘミングウェイは、マ-サ・ゲルホ-ンと3回目の結婚、二人の間に子どもはいません。
マ-サは作家で野心的な女性。ふたりの関係は「誰が為に鐘は鳴る」の元ネタになりました。

ヘミングウェイは、嫌っていた母親と似たような女性と結婚したことを後悔。
もっとも短な結婚生活になりした。
TVドラマ「HEMINGWAY & GELLHORN」でニコールキッドマンがマ-サ・ゲルホ-ンの役を演じています。

しかし、この結婚でヘミングウェイは、マ-サ・ゲルホ-ンに多くの女ともだちを見せつけています。
まるでマーサを傷つけることを楽しんでいたようです。

4度目の妻メアリ・ウェルシュの証言

メアリ・ウェルシュ(Mary Welsh)と4度目の結婚、子どもなく、ヘミングウェイの最後を看取ります。
メアリは晩年、躁鬱病のヘミングウェイに苦労しますが、最後まで夫婦生活を送った我慢強い女性でした。

何度も裏切られて酷い目にあわされましたが「私はどんなことがあってもこの家から出て行かない」ときっぱり。

最後まで家庭を守り、夫婦生活を送った我慢強い女性でした。
夏目漱石の妻、鏡子を連想させます。

メアリ・ウェルシュは、「私とアーネストはベッドの中ではともにアンドロギュノス(両生具有)だった」と語っています。
それは単に攻める側、攻められる側という意味かも知れません。
しかし精神的にそうであったことは結婚の系譜をからも解ります。
そこには「愛と憎しみ」が同時に起こるという「両面価値」が浮かびます。

そのルーツは、父を愛しながらも憎み、母に愛されたいと願いながら憎んだ感情の混乱がありました。

もっともヘミングウェイを理解した女性だったのかもしれません。

(両生具有の像。成育期のヘミングウェイを連想させる)

(両生具有の像。成育期のヘミングウェイを連想させる)

孫娘、マ-ゴ・ヘミングウェイの自殺

アーネストの孫娘、マ-ゴ・ヘミングウェーは、最初の妻、7歳年上のエリザベス・ハドリー・リチャードソンとの間に生まれたアーネストの長男ジャックの子ども(長女)であり、モデル、女優として活躍しました。

マ-ゴ・ヘミングウェイが1996年の7月1日、薬物の過剰摂取により自殺。ヘミングウェイ家6人目の自殺者になりました。

マーゴ・ヘミングウェー

マーゴ・ヘミングウェイ(1954年2月16日生まれ)

姉 ジョーン・ヘミングウェイ

妹 マリエル・ヘミングウェイ(1961年11月22日 生=アーネスト死後)

三姉妹の末っ子であり、ウディ・アレン監督「マンハッタン」でアカデミー賞助演賞候補にもなったマリエル・ヘミングウェイ。
マリエルが、父ジャック(アーネスト・ヘミングウェイ長男)から性的虐待を受けていたことをふたりの姉たちが告白しています。

姉のマーゴは、夫の勧めでモデルになるや、183cmの長身を活かし、『ヴォーグ』、『コスモポリタン』誌のカバー・ガールとして瞬く間にトップ・モデルに、さらに1976年には映画「リップスティック」で女優としても成功、しかし次第に「ヘミングウェイの孫」というブランドが重荷になり、思うようにならなくなり、雑誌「プレイボーイ」でヌードになり話題を集めました。


 (エロル・ウェトソンととの結婚式)

1975年エロル・ウェトソンと結婚。1978年離婚。

1979年にバーナード・フォシエと再婚するも1986年に二度目の離婚。

休暇中、スキー事故に遭遇、9ヶ月の静養中、アルコール依存症に陥ります。

1987年、マーゴ・ヘミングウェイは、アルコール依存症のリハビリ施設へ入所。
マーゴはアルコール依存症の他に拒食症、双極性障害、失読症、てんかん、などの問題を抱えていました。
どこか祖父アーネストを彷彿させます。

1996年7月1日。祖父アーネスト・ヘミングウェイ自殺から丁度35年のその日。
マーゴ・ヘミングウェーは抗不安薬の過剰摂取で自殺。
サンタモニカのアパート、自宅ベッドに横たわり、枕に脚をかけ、本を膝に置いた状態で発見されました。

祖父アーネスト・ヘミングウェイの墓の近くに埋葬され、マーゴの墓石には「解き放たれた自由な魂よ」と記されています。

生前、マーゴ・ヘミングウェイは『私たち一族には、遺伝子に自殺することが埋め込まれているみたい。・・・しかし私はそんなことにはならない』と語っていました。しかしその思いとは裏腹に怪我、癌、うつ病、薬物の過剰摂取、そしてアルコール依存症、ついに自殺まで引き寄せたのです。

文豪アーネスト・ヘミングウェイの父の自殺から数えて、一族で6人目の自殺者になってしまいます。
さらに2人が自殺という呪われた家族になったようです。

アーネスト・ヘミングウェイ

アーネスト・ヘミングウェイは、父クラレンス・エドモンド・ヘミングウェイと母グレイス・ホ-ル・ヘミングウェイの間に第二子としてして生まれました。

女の子を欲しがっていた強い母親のもとで、4歳まで姉と同じ格好をさせられ女の双子に見えたといいます。

ある日には父親の大事にしていたものを母親が焼いてしまい、その残骸を父親が拾い集める姿を目撃しています。厳格な父親の心が強い母親と、従順な子どもの心が強い父親が目に浮かびますが、ヘミングウェイは父の姿に自分を重ねて落胆したと思います。

ヘミングウェイは10歳のときに父親から猟銃をプレゼントされ、よく魚釣りや狩猟に連れていってもらったようです。

父クラレンスは禁酒禁煙で勤勉なプロテスタントでしたが、魚釣りや狩猟を好んだといいます。

おそらく従順な子どもの心が強い父と、無邪気な子どもの心が強い母、その裏返しに厳格な父親の心が強かったのではないかと両親の自我状態を想像します。

一方で、幼児期のヘミングウェイが母親の愛情を十分に得ることができず、甘えられないまま怒りを内面に抱きながら成長していったことが読み取れます。

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アグネス・フォン・クロウスキーとはなんだったのか

アグネス・フォン・クロウスキー

アグネス・フォン・クロウスキー

彼女は何者だったのでしょう?
「年上の悪い女にだまされたキッド(坊や)が男へと成長していく物語」の主人公ではないでしょう。

アグネス・フォン・クロウスキーは良家の出身で、美人。
教育も受けていて、一般にどの点からみても申し分のない女性です。

両面価値、両生具有・・・

ヘミングウェイを混乱に陥れたのは、愛と憎しみ、男と女、大人と子供、躁と鬱という相反するものでした。

アイデンティティーが持てなかったヘミングウェイは、文章の中では、男性性を追求できました。
そして、そのようにふるまうことで、自分を保つことができました。

しかし、それはどこまでいっても仮面でしかないのを知っていたのは自分自身でした。

「自分は苦しでいる」と自己観察できたからです。

アグネス・フォン・クロウスキーは、快活なキッドを愛しました。
アグネスは、アーニー(アーネスト)に不釣り合いと悩みました。

悩む自分を機にすることなく受け入れてくれたアーニー(アーネスト)を信じました。

やがて、いつか見た夢が近づいたとき、アーニー(アーネスト)は遠くなっていきます。

アーニー(アーネスト)は仮面の下の自分がバレるのが怖くなったのです。

仮面の下の自分がバレるのが怖くなるのは珍しいことではありません。

しかし、アーニー(アーネスト)には、父を愛しながらも憎み、母に愛されたいと願いながら憎んだ感情の混乱がぶつかりました。

ヘミングウェイに投げられた禁止令

禁止令

•男であってはいけない(生きてはいけない)
•愛し愛されてはいけない

ヘミングウェーには母親からの強い禁止令が働いていたと思います。

禁止令とは幼児が近親者から受ける「~するな」というメッセージで、財産家の娘であった母親の強すぎる姿を通して、人生を学んだと想像します。

全身傷だらけになりながら、「男であってはいけない(生きてはいけない)」というメッセージに、狂気で、必死で抵抗し続けた気がすると思いませんか?

この鉄槌のようなメッセージが幼く繊細なヘミングウェーのみならず、ヘミングウェーの子から孫へ伝わり、自分を愛せず、怪我、性愛をきっかけに病気、薬物摂取、アルコール依存症、蟻地獄に追いやられ、みんなが苦しみ、自殺へと追いやられたのではないかと推測するのです。

まとめ

ヘミングウェイ

ここに挙げた「負の連鎖」によって、アーネスト・ヘミングウェイの名誉が傷つくこととは思いません。

アーネスト・ヘミングウェイはその呪縛と懸命に戦い傷つき疲れ、去りました。

現在「禁止令」は広く知られています。しかしいまだに子どもへの虐待は後を絶たず、禁止令はそれ以上の数で広がっています。
またアルコール依存症は、ほとんど問題にもされません。

そのおかげで一体どれだけの子どもが傷ついているのか、想像もできません。

大人が自律的に行動を入れ替えない限り、「武器よさらば」と言える日は来ないでしょう。

 

 

100年時代のライフシフト

人生100年時代のいきいきゴエス

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この記事を書いた人

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一般社団法人いきいきゴエス協会」は人生100年時代の3大資産を支援、介護予防、終活カウンセリング、睡眠マスター養成などを主宰しています。整理収納アドバイス、ファイナンシャルプランナー、ビジネスコンサルタントです。

エンドレスにワンダフルな100年時代の人生戦略は、まず身近な整理収納から〜をガイドラインにしています。
エネルギッシュな活性資産は、心地よい快眠なしには得られないからです。

心地よい快眠のためにストレスのない毎日をお過ごし下さい。悩みがあれば無料相談も受け付けています。
安心してご相談ください。20年のキャリアでお答えします。

スリープアスリート MINORUさん

 

一般社団法人いきいきゴエス協会」は、ひとつの目的に向かって事業を行っています。
それをまとめたものが次の図です。

 

一般社団法人いきいきゴエス協会

図ではファイナンシャルプランナーの部分が大きく見えますが、「経済」の部分を詳細に表しているので、こんな表になりました。

実際には「愛情」「仕事」「健康」「子育て」の部分でも、この程度の詳細な部分があります。

ゴエス協会では、「ゴエス」の文字通り「整理・整頓・清掃・清潔(磨く)・習慣(躾)」
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