毎日アベンジャーズ、アッセンブル。日本の僧侶は国家公務員だった。

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日本の仏教は6世紀に大乗仏教が輸入されたことからはじまります。
さて、こんにち『家制度』は抜け殻のようになりましたが、伝統的に家を継いだ長男(長女)のおウチでは仏壇を大切にされていると思います。仏教とはなんでしょう?

いままで親まかせにしていたご仏壇を引き継いで、さて、なにがなんやらさっぱりわかりません」

とお困りの方も多いのが現実です。

ご仏壇、お墓を理解するために、まずは仏教の基本をお勉強してみたい方、どうぞ、いらっしゃいませ!

見えぬけれどもあるんだよ 。見えぬものでもあるんだよ。
こんにちは、いきいきゴエスのNaoman-Minoruです。
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「小乗仏教」と「大乗仏教」

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大乗仏教は、小乗仏教と分離した弟子がやったことなので、お釈迦様は大乗仏教のことを知りません。

お釈迦様が弟子に直接説いた教えは「原始仏教(初期仏教)」とされています。
原始仏教に近いのは、自力救済を唱える「上座部仏教(小乗仏教)」です。
仏教は、1世紀頃に「小乗仏教」「大乗仏教」の二大流派に分かれます。

「上座部仏教(小乗仏教)」は、名前の通り多くの人が学べないという不満から「上座部仏教(小乗仏教)」と対立します。「大乗仏教」に対し皮肉で「小乗仏教」と呼びました。

小乗仏教は出家者中心でお布施を嫌いました。一方、大乗仏教は在家者でも可能で、お布施にも賛成、門を大きく開いたのです。 古来の仏陀の教えを拡大し新しい解釈を加えた教派で,自分ひとりの悟りのためではなく,多くの人々を理想世界である彼岸に運ぶ大きなすぐれた乗物という意味で,みずからの立場を大乗仏教と呼んだ。日本に入ってきた教えは、すでに「大乗仏教」でした。

大乗仏教、見参。

お釈迦様

お釈迦様はともかく、神道が一般的であったことから推古天皇、聖徳太子は信仰を反対せず個人(蘇我氏)に任せました。

以来、奈良仏教をはじめとして「国家仏教」としてその時々の政治と一体化してきました。
僧侶は国家公務員同然の身分でした。なんのために?
国民ひとりひとりが、各自のご先祖様といのちひとつにして浄土にするために、国が支援したのです。
この大切なことを現代ではすっかり忘れ去られています。ここが注目ポイントです!

時代と共に、新しい概念を打ち立て、法然、親鸞、日蓮のように流罪になった者もいましたが、結果的には国家に認められました。

位置づけが変わったのは、明治元年の「神仏分離令」です。
「神仏分離令」とは、古代以来1000年続いた神仏習合を禁じた命令です。
神仏習合とは、日本古来の自然信仰である神と外来宗教である仏教とを結びつけた信仰のこと。

「神道国教化」が起こり、そして「廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)」が起こります。
「廃仏毀釈」とは、仏教を排斥し、寺などを壊すこと。
明治維新の神仏分離令によって起こった仏教破壊運動です。

しかし人員不足から神道国教化は思うように進展せず、曖昧なまま、明治8年に「信教の自由」の方針が打ち出され事実上、挫折します。

江戸時代には形式的であったにせよ「僧侶はこうであらねばならない」という縛りが明治維新の「神仏分離令」によって次第に失われ世俗化していきます。職業化して尊敬と崇敬の念が失われていきます。

奈良時代

因果応報

「神仏分離令」から遡る事、奈良時代。
日本に戒律がないことを問題視した聖武天皇は中国(唐)から鑑真和上を招きました。
ようやく日本に仏・法・僧が揃いました。

私はブッダ(仏)に帰依します。
私はダンマ(法)に帰依します。
私はサンガ(僧)に帰依します。

三帰依といい、優れたものに帰投し、伏依すること。また帰命(きみょう)ともいい、自己の身心を捧(ささ)げて信順すること。絶対の信をもってよりどころとすること。
信仰と同意で、仏・法・僧の三宝に帰依することを三帰依といいます。

授戒儀式には10人の僧侶が必要でしたが、鑑真和上は命がけで10人以上の僧侶を連れてきたので、最初の授戒儀式はやり遂げられました。
こうして僧侶を生み出せると後は自家製造できるようになったのです。

朝廷は授戒儀式のための律を必要としましたが、国家仏教ですから、自治権をもったサンガを認めることはしませんでした。

これには鑑真和上の思いは果たせないまま傷つきました。唐招提寺を建立されて生涯を過ごしました。

サンガ(samgha)とは、仏教の出家修行者により形成される組織。
僧は仏陀の教えを実行し、その教えの真実であることを世間に示し、あわせて弟子を教育し、教法を次代に伝える役割を担います。

もともと大乗仏教が輸入された日本では、教義を中心とする教えを展開することにより、当初から律・具足戒に対する関心は、相対的に低下していました。

また、段階的な仏典の輸入・翻訳を経て大乗仏教が伝わった中国では、それぞれに所依とする経・論や行法を選び取る格好となり、それを受け継いだ日本では初期の律宗などを除いては、部派仏教伝来の律・具足戒に対する研究の関心は低くなり、『梵網経』に基づく最澄の創始した大乗戒壇(円頓戒)のように、独自の戒律と解釈が作られるようにもなったのです。

そして、その影響下にある現在の日本仏教では、部派仏教時代のような伝統的な僧伽は衰退・消滅しています。

なぜ今、仏教なのか

日本人の仏教とはなにか

神仏分離

日本人の仏教とはなんでしょうか?
似たようなことは、外来のすべてに感じ取ることができます。それは日本の類い稀な長所であると同時に本質を見失う短所でもないかと思います。

人を救う学問として、国家仏教の役割を果たしてきて、やがて民衆に広がるにつれ、
江戸時代になると家制度と一体となって「檀家制度」が敷かれました。

家制度は戦前でもって崩壊しました。
いまは抜け殻に近い家制度が細々と受け継がれています。

1990年以降、葬儀の中心は葬儀センターのようなところで行われるのが一般的になりました。そこに僧侶も呼ばれるようになりました。葬儀会社は本来レンタル業ですが、いまは人材派遣でスタッフを賄っています。控室で待つ僧侶の心中に想いを飛ばしてしまいます。

仏教とはなにか?自分とはなにか?

人は60兆の細胞ネットワークでできている

宗教とは何でしょう。寺院や教会に通って、神さまや仏さまを拝むことでしょうか?
いいえ、神仏の御心に添うような日々の生活を実践すること、それが宗教です。
大切なのは、いかに生きるかです。
仏教で拝む対象は「お釈迦様」でしょうか?いいえ、あなたのご先祖様です。

お仏壇の前で合掌礼拝することによって、ご先祖さまの心と解けあうこと。それを朝夕、繰り返すことによって、知らず知らずのうちに日々の生活の中にご先祖さまの心が染み込んでいき、本当の自由、幸福な生活に導かれていくことになるのです。

私とご先祖さまが一つになる、これが此岸が彼岸になること。彼岸とは浄土のことです。お仏壇はご先祖さまの浄土です。私たちの人生を、より向上させて浄土のようにしようとする理想に向う姿が、日々の生活です。

トラに食べられた釈尊

私の心を仏(ご先祖)さまと一つにすれば、そこに浄土は顕現します。「浄土を得んと欲せば、まさにその心を浄むべし」というのは『維摩経(ゆいまぎよう)』の言葉です。

『維摩経(ゆいまぎよう)』とは『般若経(はんにゃきょう)』の空(くう)の思想を受け継ぎ、それを在家(ざいけ)主義の立場にたって展開させた大乗経典の一つ。人生即浄土が、仏教の目指すところです。

大切なことは、ご本尊の心をいただき、日々を強く明るく生き抜くことです。ご本尊とは釈迦如来、阿弥陀如来、薬師如来、観音菩薩、不動明王などさまざまです。これは全ての仏像は宇宙の真理の象徴であり、ご先祖さまが姿を変えて現われたものとする観念に基づいています。

宇宙の真理とは、古(いにしえ)の先祖から代々受け継いできた60兆の細胞ネットワークでできた人体と魂(もともとのいのち)の源です。宇宙も、人間も、未だに謎多き神秘の物体です。その神秘に感謝し大切にすることが、「人生即浄土が、仏教の目指すところ」という言い方に集約されています。

仏壇を前にして拝むというのは、自分を含めて、仏(ご先祖)さまに対して心を向けるということです。すなわち自分自身の人生が浄土であることを祈り実現に努める約束をすることです。
仏さまから離れることなく、遠ざかることのないようにすれば、それでよいのです。なによりも、仏さまを忘れない心がけこそ肝要なのです。

私たちは仏前でのみ仏さまを思い出し、拝んだ後は、すぐに仏さまのことを忘れてしまうので、ちっとも安心できないのです。いつも仏さまを思い出し、ご先祖様から受け継いだ、そこにある「もともとのいのち」に気づいたら拝み、いましている「呼吸」に気づいたら拝むようにしてください。

まとめ

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何度見ても涙する名場面が実はあなたのことだとお伝えするとお約束しました。

「人生即浄土」が、仏教の目指すところです。
私の心を仏(ご先祖)さまと一つにすれば、そこに浄土は顕現(けんげん)します。
私たちの暮らす世界は悲しみで溢れています。だからこそ、ご仏壇を前に手を合わすとき。ご先祖様と心ひとつにして、浄土にせんと立ち向かっていく。その行為のひとつひとつがひとりひとりに与えられた責務なのです。

おわかりいただけましたか!毎日がアベンジャーズ(ご先祖さま)、アッセンブル(集結!)

 

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